静岡地方裁判所 平成6年(モ)602号 決定 1996年2月29日
債権者
飯澤保義
同
飯澤亜樹
同
野田啓次郎
右債権者ら訴訟代理人弁護士
広田富男
同
菊地信廣
債務者
有限会社天馬興産
右代表者取締役兼代表取締役職務代行者弁護士
廣井陽一
債務者
橋尾誠
同
平澤邦治
同
春尾耕史
同
飯田英雄
右四名訴訟代理人弁護士
遠藤誠
主文
一 債権者らと債務者らとの間の静岡地方裁判所下田支部平成五年(ヨ)第一九号取締役の職務執行停止及び職務代行者選任仮処分命令申立事件について同裁判所がした仮処分決定を取り消す。
二 債権者らの本件仮処分命令申立てをいずれも却下する。
三 申立費用は債権者らの負担とする。
四 この決定は、債権者らが送達を受けた日から二週間を経過しなければ効力を生じない。
理由
第一 申立て
主文第四項を除き、主文と同旨。
第二 事案の概要
本件は、債務者有限会社天馬興産(天馬興産)の創業者である債権者らが、業務提携先であり、債権者らの出資持分についての譲渡担保権者である東洋機工株式会社(東洋機工)らの申請により、静岡地方裁判所下田支部が発した社員総会招集許可の決定に基づいて平成五年一二月一三日開催された社員総会において、債務者らは取締役を解任され、天馬興産を除く債務者ら(いずれも東洋機工の従業員。以下、単に「債務者ら」という。)が取締役として選任されたため、その決議不存在確認の訴えを本案として、取締役の職務執行停止及び職務代行者選任の仮処分を申し立てた事件の異議審である。
一 紛争の経過(証拠の略号を挙示したもの以外は、当事者間に争いのない事実)
1 関係者
(一) 天馬興産は、静岡県賀茂郡河津町縄地地区(以下「縄地地区」という。)において石材の採取・販売を業とする有限会社であり、債権者飯澤保義(債権者保義)及び同飯澤亜樹(債権者亜樹)はいずれもその代表取締役、同野田啓次郎(債権者野田)はその取締役の地位にあったもので、平成元年一二月一九日当時、天馬興産の総出資持分一〇〇〇口の内、各三〇〇口ずつを保有していた(残り一〇〇口は鈴木信一(申立外鈴木)が保有。)。
(二) 東洋機工は、産業用工作機械等の販売等を主たる事業とし、昭和五八年ころからは不動産事業等にも進出していた株式会社であり、昭和六二年には東京証券取引所第二部上場の中外鉱業株式会社を傘下に収めており、平成元年ころから静岡県伊豆地区におけるリゾート開発事業を企図していたものであり、債務者らは、右東洋機工の従業員である。
2 業務協定及び出資口数の譲渡担保
天馬興産は、平成元年一二月一九日、東洋機工との間に、同会社が進める縄地地区におけるマリーナ開発事業について全面的に協力し、同事業用地の現地における取得作業(地権者との折衝、官公庁の許認可取得等をも含む。)をする旨の業務協定を締結した。
右協定に際し、天馬興産の社主である債権者保義は、東洋機工の指定した同社従業員石岡幸一及び早川満に、その出資持分三〇〇口のうち各一〇口ずつを贈与し、また、両名を天馬興産のマリーナ開発事業担当役員として代表取締役に石岡を、取締役に早川をそれぞれ就任させて迎え入れた。
また、右業務協定は、平成二年一月一九日に改定され(以下、改定後の業務協定を「本件業務協定」という。)、これにより天馬興産が東洋機工のために取得作業を行うべき土地の範囲、地権者との折衝に当たり目安とすべき価額等が定められ、これらの業務委託期間は平成三年一二月三一日までとされ、天馬興産は右委託業務を同日までに完了するものとされた(ただし、やむを得ない事情により委託業務を完了できないときは、協議の上期間を延長することができる)(甲四の三)が、その際、同業務協定に基づいて天馬興産が東洋機工に対して負担することのあるべき一切の金銭債務の担保として、債権者らが連帯保証をすると共に、債権者保義は二八〇口の、同亜樹及び同野田は各三〇〇口の天馬興産の出資持分を東洋機工に譲渡担保に供する旨を約し(甲七の一)、また、平成二年一月二四日、申立外鈴木も連帯保証及び自己の出資持分一〇〇口について譲渡担保に供する旨を約し(乙九)、同日開催された臨時社員総会において、右債権者ら及び申立外鈴木の東洋機工への出資持分譲渡の承認と共に社員変更に関する定款変更の決議がされた(乙一〇)。
3 譲渡担保に関する特約
右譲渡担保設定契約(申立外鈴木分も含む)においては、右業務協定期間中は担保権者である東洋機工が天馬興産の社員としての議決権を有するものと定められた(甲七の一)。ただし、東洋機工は債権者らに対し、議決権の行使については、現役員である債権者らの意思を尊重し、また、採石部門については異論を申し出ない旨の書面(以下「覚書」という。)を差し入れている(甲七の二)。
4 債権者等に対する解任決議等
(一) 平成五年八月一〇日付で、天馬興産代表取締役である石岡は、債権者らを職務怠慢等を理由として取締役から解任することを議題とする臨時社員総会を同月一六日に開催する旨の招集通知を債権者らに送達した。
これに対し、債権者らは、採石部門担当役員である債権者らを解任する議決権は東洋機工にはなく、本来の出資持分権者である債権者らが議決権を有する事項であるなどとして、債権者保義は同亜樹及び同野田の委任を受けて会場に赴いた。
会場では、債権者保義と東洋機工社員との間で応酬があった後、混乱した議場の中で、東洋機工側は、債権者らの解任及び債務者らの取締役選任の決議がされたとし、他方、債権者保義は、会場から退出する際に前記石岡及び早川の取締役解任を議題とする全員出席総会を緊急に開催し、自己及び亜樹・野田の出資口数合計八八〇口の多数でこれを可決したと主張した。
(二) 債権者らは右を受けて同年八月一七日付で石岡・早川の取締役退任登記をし、これに対し、東洋機工は静岡地方裁判所下田支部の社員総会招集許可を得て、同年一二月一三日に天馬興産の社員総会を開催し、債権者らを取締役から解任し、債務者らを取締役に選任する旨の議決をした(本件決議)。
二 争点
本件の主要な争点は、本件決議当時、譲渡担保に供された天馬興産の出資持分八八〇口についての帰属及び議決権を行使しうる者は、債権者らであるのか、担保権者である東洋機工であるのかという点にある。
1 債権者らの主張
(一) 譲渡担保契約によっても、前記覚書により債権者ら採石部門に係る役員の選任解任の議決権は、債権者らに留保されている。
(二) 本件業務協定による業務委託期間は平成三年一二月三一日までとされており、前記譲渡担保契約に伴う議決権行使の特約も右業務協定期間に限って効力を持つものであるから、同日の経過により出資持分は債権者らに復帰している。
(三) 東洋機工は、事実上リゾート開発事業を断念しており、遅くとも平成四年一二月三一日までには、本件業務協定に基づく業務委託を黙示的に解除していたもので、これに伴い譲渡担保契約も失効し、当該出資持分は確定的に債権者らに復帰している。
(四) 平成五年八月一〇日付でなされた天馬興産代表取締役石岡による債権者らの解任を議題とする社員総会招集通知の発送などにより、債権者らと東洋機工との信頼関係が破壊されており、債権者保義はこれを理由として同月一六日、本件業務協定を解除したから、当該出資持分は確定的に債権者らに復帰している。
よって、本件決議当時、天馬興産の総出資口数一〇〇〇口中八八〇口の出資持分ないしこれに対応する社員総会の議決権は債権者らに属し、東洋機工は一二〇口(前記石岡・早川へ贈与された持分を含む)の出資持分しか有しなかったものであるから、東洋機工がすべての出資持分権者としてなした本件決議は、その瑕疵の程度が著しく、存在しなかったものといわざるを得ない。
2 債務者らの主張
(一) 前記一2、3の譲渡担保権設定契約により債権者らの出資持分は、その議決権も含め東洋機工に適法に帰属している。
(二) 本件業務協定には次の定めがある。
「第五条(解除)
一 甲(東洋機工)或いは乙(天馬興産)は、その相手方が本業務協定(中略)の定めに違反した場合には、書面による催告を行った上で本業務協定を解除することができる。
二 甲は、左記事由が生じた場合には前項の定めによらずとも本業務協定を一方的に解除することができる。
記
乙において委託業務処理能力が低く、これがために委託業務の実行が困難と思料された場合(すなわち、委託業務の進捗が著しく遅れた場合或いは本件事業用地取得代金が予想価額を大幅に上回った場合などが惹起された場合を指す)
三 略
四 本条一、二により本業務協定が解除された場合、約定違約金は金一〇億円と定める。
五1 甲の解除権行使により本業務協定が解除された場合、乙は直ちに同時点までに受領済みの報酬金全額を返還すると共に前項約定違約金を支払わねばならず、一方、乙の解除権行使により本業務協定が解除された場合には、同時点までに乙が受領済みの報酬金は確定的に乙の取得とし、かつ、甲は乙に対して前項約定違約金を支払わねばならない。
2 (略)」
(三) 天馬興産は、本件業務協定期間である平成三年一二月三一日までに委託業務を完了させないなど、本協定に違反し(前記業務委託期間延長の協議はされていない)、また、これは右(二)に掲げた本件業務協定五条二項の事由に該当するところ、東洋機工は、天馬興産に対して、本件業務協定に基づき、報酬金として平成二年三月二五日までに一億七〇〇〇万円を支払っており、東洋機工が右違反を原因として本件業務協定を解除する場合には、この返還請求権と右約定違約金とが本件譲渡担保の被担保債権となるのであるから、譲渡担保権は、担保権実行による清算が完了するまでの間に右被担保債権の弁済がされるのでない限り消滅しない。
(四) なお、東洋機工は、平成六年一月二〇日、天馬興産及び債権者らに対し、前記本件協定五条二項に該当するとして本件業務委託を解除する旨の意思表示をなし、併せて、これにより支払期が到来する既払報酬金一億七〇〇〇万円から本件事業用地の買収資金に充てられた二〇〇〇万円を控除した金一億五〇〇〇万円及び違約金一〇億円につき、五日以内に支払うべき旨の催告及び履行がなければ本件譲渡担保に係る出資持分権を出資金額である一口一〇〇〇〇円として右弁済の一部に充当する旨の意思表示をしたが、天馬興産及び債権者らはその支払をしなかった。したがって、本件出資持分八八〇口は確定的に東洋機工に帰属した。
東洋機工は右八八〇口のほか、前記のとおり鈴木信一から持分一〇〇口につき譲渡担保権の設定を受けており、また、前記石岡・早川の各一〇口の出資持分も平成五年九月九日付で贈与を受けているから、天馬興産の全出資口数一〇〇〇口を保有しているところ、平成六年三月七日、社員総会を開き、本件決議と同一の内容を議決したから、本件決議の不存在を争う債権者らの利益は失われ、本件仮処分の被保全権利も失われた。
第三 争点に対する判断
一 譲渡担保は、あくまで債権担保の目的のために設定されるものであるから、譲渡担保権者の所有権者としてする権利行使も、右担保目的と矛盾しない限りにおいて認められるに止まり、このことは、有限会社における出資持分を譲渡担保の目的とした場合においても同様であり、当事者間および会社を除く第三者との関係においては、他の財産権を譲渡担保の目的とした場合と異なる解釈をとるべき必要性はないと解される。
しかしながら、この場合であっても、対会社との関係における法律関係については、社団法的観点を無視することはできないのであり、商法及び有限会社法の規律するところに従って処理するほかはない。
そして、有限会社法及びその準用する商法には、出資持分の担保化の方式としては、これに質権を設定する(有限会社法二三条一項)ことを認めるほか、譲渡担保についての特段の規定はないから、結局のところ、譲渡担保権の設定に伴う社員権の移転と会社との関係は、会社との関係でその譲渡の形式が履践されている以上、社員権の譲渡があったものとして、担保権者を社員として遇するしかなく、他方、会社との関係で必要な譲渡の形式が具備されていない場合には、設定者を社員として遇するしかないといわざるをえない。社員総会における議決権等の共益権の帰趨も、社員権の不可分一体の内容として右によって定まると解され、このことは、譲渡担保が債権担保の目的で設定されるもので、担保権者による議決権その他の共益権の行使が担保目的の範囲を超過するものであるからといって左右されるものではない。
このように考えると、担保権設定者と担保権者との間において、いずれが議決権等を行使するかの定めを譲渡担保権設定契約においてした場合も、右は当事者間の内部関係を定めるものに過ぎず、会社との関係を直接規律する根拠となるものではないから、会社との関係で出資持分を有すると認めるに足りる手続を履践した譲渡担保権者が議決権を行使した以上、当該社員総会の取消や無効、ひいては不存在等の瑕疵を生じるものではないというべきである。してみると、前記覚書により債権者ら採石部門に係る役員の選任解任の議決権は、債権者らに保留されている(主張(一))とか、業務協定による業務委託期間は平成三年一二月三一日までとされており、前記譲渡担保契約に伴う議決権行使の特約も右業務協定期間に限って効力を持つものであるから、同日の経過により出資持分は債権者らに復帰している(主張(二))との債権者らの主張は、いずれも東洋機工と債権者らとの内部関係に過ぎず、それだけでは、天馬興産との間で不可分一体の出資持分の帰属を左右するものではないから、失当である。
二 そこで、本件出資持分が本件議決当時会社との関係で債権者らと東洋機工のいずれに帰属していたかについて検討する。
1 前記認定のとおり、本件業務協定に基づいて天馬興産が東洋機工に対して負担することのあるべき一切の金銭債務の担保として、債権者らが連帯保証をすると共に、その保有する天馬興産の出資持分を東洋機工に譲渡担保に供する旨を約し、それに基づき出資持分を譲渡することについては社員総会の承認も得ているのであるから、東洋機工は本件出資持分に譲渡担保権の設定を受けるについての実体法的要件に欠けるところはない。
2 ところで、出資持分の移転については、その旨を社員名簿に記載しないと会社に対して対抗できない(有限会社法二〇条)のであるが、天馬興産においては設立以来今日に至るまで社員名簿が作成されていないから、その観点からすれば、本件譲渡担保契約による出資持分の譲渡については、会社に対する関係で対抗要件を備えていないことになる。
しかしながら、本件出資持分に対する譲渡担保権の設定については、本件紛争に至るまで関係者が何ら異議をとどめていないこと(審尋の全趣旨)、本件譲渡担保設定契約においては、譲渡担保権設定による社員の変更につき、速やかに設定者が社員総会を開催してその旨の定款変更手続きをとるべき旨が定められており(甲七の一)、これに従って、平成二年一月二四日に開催された社員総会において、合計八八〇口の出資持分が東洋機工に帰属することになったことによる社員の氏名及び住所の定めについて定款変更の議決がされている(なお、その議事録には議長ないし出席取締役として債権者ら三名の署名押印がある。乙一〇)のであって、これらの事実関係の下では、天馬興産は、会社として本件譲渡担保権設定による出資持分権者の異動を認識し、以後これを社員として遇するに異議がなかったと認められるのであり、譲渡担保契約に基づき債権者ら三名から出資持分を承継取得した東洋機工は、天馬興産に対してその出資持分の取得を社員名簿の名義書換がされていなくとも対抗することができるというべきである。
なお、右定款変更の手続は、有限会社の定款の絶対的記載事項としての社員の氏名及び住所の記載(有限会社法六条五号)を変更したものであるが、右規定は、設立当初の社員は同法一四条、一五条による責任を負うものとされていることを考慮して設けられた、その構成員の決定方法についての特別な規定であって、出資持分の移転の際に行うべき社員名簿への記載とは何ら関係のないものである。したがって、右定款変更の手続は、有限会社法上、不必要にして、無意味なものであった。しかしながら、審尋の全趣旨に照らすと、本件において右定款変更の手続の方法がとられたのは、関係者が名義書換の制度を知らず、あるいは、定款変更が名義書換に代わる制度であるとの認識を有していたことによるものと窺われるのであって、右定款変更手続を了したという事実自体、天馬興産が、右東洋機工への本件出資持分の譲渡を承認し、同社を社員として取り扱うことに異議がなかったことの証左であるというべきである。
3 本件譲渡担保権の被担保債権は、本件業務協定に基づいて天馬興産が東洋機工に対して負担することのあるべき一切の金銭債務であり、本件業務協定の終期は平成三年一二月三一日と定められていたところ(ただし、これは天馬興産が委託業務を終了する目処としての意味合いが強いものと解される。)、期間の延長につき協議を経ることなく、本件に至ったものであるから、同日までに本件譲渡担保権の被担保債権となるべき天馬興産の東洋機工に対する債務が生じていない場合には、本件譲渡担保権は、被担保債権の不存在が確定したことにより目的を達して当然に消滅し、出資持分が債権者らに復帰するものと考える余地もある。そこで、被担保債権の存在について検討する。
(一) 東洋機工から天馬興産に対して本件業務協定に基づき報酬金として平成二年三月二五日までに一億七〇〇〇万円が支払われていること及び前記債務者らの主張(二)記載の本件業務協定五条による解除及び違約金等に関する約定があること、本件業務協定の内容は、東洋機工が進める縄地地区におけるマリーナ開発事業につき、天馬興産は全面的に協力し、東洋機工が取得を希望する同事業用地の現地における取得作業(地権者との折衝、官公庁の許認可取得等)をするというものであり、平成二年一月一九日に改定された際に天馬興産が東洋機工のために取得作業等を行うべき土地の範囲、地権者との折衝に当たり目安とすべき価額等が定められたこと(前記第二の一2)は、当事者間に争いがない。
(二) そして、関係証拠によれば次の事実が一応認められる。
(1) 右業務協定三条一項には、本件事業用地の取得代価は、一坪当たり一万円を目処とし(予定価額)、これを超える場合には東洋機工の事前の承諾を必要とすること及び本件事業用地の買い上げ契約は、各地権者と東洋機工あるいは東洋機工指定にかかる第三者との間で行い、買い上げ代金は東洋機工から各地権者に直接支払うものとし、特段の事情がある場合には、東洋機工の事前の承諾を得て右と異なる方法を採ることができることが定められていた(甲四の三)。
(2) 債権者保義は、右受託業務の一環として、平成二年一月二九日ころ、縄地地区の山林三筆一万五四〇二平方メートルを所有者青木光江から東洋機工が取得するに際し、右青木と東洋機工との直接売買としないで、債権者保義が社主である有限会社縄地採石(以下「縄地採石」という。)の名義で右山林に採石権を設定した上、いったん取得し、これを二億二〇〇〇万円(一坪当たり二万五〇〇〇円)で東洋機工に買い取らせた。
債権者保義は、前記予定価額を大幅に上回る代金額の説明として、縄地採石が同土地に対して有する採石権の価格を含むものであると説明し(ただし、採石権価額の割合及び評価根拠については明らかでない)、今後の事業地取得に当たっては、協定通りの代金額とすることを申し入れ(乙二二の三)、東洋機工もこれを了承して、右代金額で右山林を買い受けた(甲三五の一、乙二二の一ないし三、二七の一ないし三)。
なお、右山林は、債権者保義が代表者である有限会社イイノが東洋機工との業務協定に先立ち、平成元年八月ころ本件と同様のリゾート開発に関する業務委託契約を石亭開発株式会社との間で締結(本件業務協定の締結に際し合意解約)した際に、これに基づいて取得を働きかけた土地であり、青木は、債権者保義に対し、同年九月二四日付の売渡承諾書を差し入れており(乙二二の一)、その際の売買の予定金額は一坪当たり七〇〇〇円とされていた(乙二一)。
(3) ところで、右青木からの土地の取得後、債権者保義は、東洋機工に対し、平成二年七月二〇日付で縄地採石の名義で、本件事業予定地内の杉山忠一所有地二六四〇坪につき、右杉山が急に売りに出したが、天馬興産には資金がないので、縄地採石及び債権者保義の名義で採石権設定及び所有権の移転をし、代金として七九二〇万円(一坪あたり三万円。ただし、採石権価額の割合は明らかでない。)を支払ったとして、右土地について東洋機工において代金八〇〇〇万円で買い取るべきことを通知してきた(乙二三)。
これに対し、東洋機工は、業務協定の予定価額に反する上、地権者からの直接取引ではなく、天馬興産と役員等を同じくする縄地採石を介在させることについて、買い上げ代金釣り上げの意図を疑い、同月二三日付内容証明郵便により、天馬興産に対し地権者との交渉を原状に戻し、業務協定に沿って交渉を進めるべき旨を伝えた(乙二四)。
天馬興産(代表者債権者亜樹)は、同月二五日、東洋機工に対し、反論の書面を送付し(乙二五)、以後、天馬興産は事業用地の取得作業を中止し、両者の関係はほぼ決裂した(審尋の全趣旨)。
(4) 前記第二の一2のとおり、本件業務協定による業務委託期間は平成三年一二月三一日までとされ、天馬興産は右委託業務を同日までに完了するものとされていたが、右(3)以降進展はなかった。
(三) 右(一)、(二)(1)で認定の本件業務協定の内容に照らすと、天馬興産としては、本件業務協定に基づく受託業務を遂行するに当たっては、受任者に課せられた善管注意義務の一内容として、委任者に最も有利な買取価格になるように交渉を進めるべき注意義務が当然に課せられており、天馬興産の役員である債権者らも、これに従って天馬興産の業務を執行する義務があるのであって、仮に取得すべき土地の実勢価格が本件業務協定に定められた一万円を超えるものであるとしても、可及的に低廉な価額で取得するべく精力的に交渉するとともに、これを超えることが止むを得ない場合には、本件業務協定に定められたとおり、事前にその根拠を東洋機工に伝達してその指示を仰ぐべきであったというべきであり、いわんや債権者らが自己又は自己が取締役等を兼任する会社の利益を計ってはならず、また、そのような疑念を抱かせるような行為は慎むべきことはいうまでもない。
(1) しかるに、前記(二)認定の土地の取得に関して、債権者らは、いずれの場合においても、本件業務協定の定める東洋機工ないしその指定する第三者において直接地権者と契約を締結することを困難とさせるような事情や、縄地採石が地権者からの直接の買受人となる必然性があったとするような事情は存しないにもかかわらず、地権者から債権者保義が実質的に支配する縄地採石などが取得し、それを既定事実とした上で、価額評価が不明確な採石権共々東洋機工に買い取りを求めているのである。
この点、債権者保義は、前記(二)(2)、(3)の各案件でいずれも一旦は縄地採石が土地等を買い受けたことについて、(2)の案件については、地権者との個人的信頼関係を、(3)の案件については、天馬興産には買い受けの資金がなく、縄地採石ないし債権者保義に資力があったことを根拠として説明する(甲二五、三八)。しかし、前者については、売買当事者が縄地採石であろうと東洋機工であろうと、実際に交渉するのは債権者保義である上、いずれにせよ東洋機工が最終的に取得するものであることには変わりがないことからすれば、個人的信頼関係がどれほど意味を持ったかは疑問であり、後者については、債権者保義は、天馬興産の役員でもあるのだから、天馬興産が本件業務協定上の債務を誠実に履行する上で必要な資金繰りであれば、保義個人や縄地採石から借り入れるなどの方法によっても賄うことができたのであって、いずれも合理的な理由とは認め難い。
(2) しかも、前記(二)(2)、(3)で認定した案件以外についての債権者らの具体的な活動内容は必ずしも明らかではないが、右二つの案件における買収代金額は、いずれも本件業務協定での予定価額を大幅に上回っているところ、債権者保義が、東洋機工に対し、代金額の決定に至るまでの交渉過程について具体的な根拠、資料に基づいて報告をしていたものとも窺われず、本件審理においても、債権者らは、この点に関しては、リゾートブームによる周辺地域の地価の高騰が理由であった旨を抽象的に述べるだけであって、取引実勢価格についての客観的かつ具体的な根拠、資料を提出しない。
(3) 他方、平成二年当時、東洋機工がリゾート開発のための資金調達が困難な状況にあったことを認めるに足りる資料は存しない。
(四) 以上、右(二)及び(三)で判示した諸事情を併せ考えると、天馬興産は、本件業務協定に基づく受託業務を誠実に遂行していたものとは認め難く、遅くとも平成二年七月下旬ころには、本件業務協定の無催告解除の原因となる事由であるところの五条二号所定の「天馬興産の委託業務処理能力が低く、これがために委託業務の実行が困難と思料された場合(すなわち、委託業務の進捗が著しく遅れた場合或いは本件事業用土地取得代金が予想価額を大幅に上回った場合などが惹起された場合を指す)」に該当する状況にあったということができる。
ところで、債権者らは、前記のように本件業務協定がとん挫したのは、当時縄地地区の土地は、リゾート開発ブームの中で、一坪当たり一万円では到底取得不可能であり、東洋機工においてもこれを認識しており、協定時には採石権等国土法の審査の対象とならない名目で代金を上乗せすることにより、事実上の取得価額が予定価額を上回ることがあることを認めていたのに、資金不足のためからか予定価額に固執するようになったこと、債権者らはリゾート開発については全くの素人であるのだから、東洋機工から派遣されていた前記石岡及び早川らの役員が積極的に受託業務を推進すべきであったのに、ほとんど現地には出向かなかったことによるものであり、天馬興産及び債権者らに帰責性はない旨を主張する。
しかしながら、右主張が理由がないことは右(二)、(三)の判示に照らして明らかであるが、なお付加すると、東洋機工が、本件業務協定により、事業用土地の取得について天馬興産を提携の相手として選んだのは、地元企業として地元の情勢に明るく、地権者との人脈等も広いことから、用地取得交渉(いわゆる地上げ)を有利に進めることができると期待してのことであると窺われるのであって、本件業務協定に定められている予定価額が当時の情勢下において必ずしも不可能な要求を突きつけたものということはできない(本件業務協定締結に際して、債権者らがこの点を不可能なものとして強く反対したことを窺わせる資料は存しない上、前記(二)(2)のとおり、当該案件の処理に際して、東洋機工に対し、爾後の事業用地取得においては予定価額に従う旨を申し入れている。)。そして、仮に東洋機工が天馬興産からの買受資金の調達の打診に対して消極的な姿勢を示したことがあったとしても、それは、債権者保義らが取りまとめ、あるいは取りまとめようとする案件における買受価額の提示につき、前記のようにその決定に至る経緯が不明朗であることなどにより、東洋機工が債権者らに対し、不信感を募らせていたことによるものとも解されるのである。
(五) したがって、天馬興産は、前記の平成二年七月下旬ころ以降、いつでも東洋機工から業務協定上の解除権を行使されうる状態にあったものであり、解除権が行使されれば、天馬興産は東洋機工に対して一〇億円および既払報酬金一億七〇〇〇万円(ただし、東洋機工は、うち二〇〇〇万円は事業用地買収の資金に用いられているとして返還を求めない意向である。)を直ちに支払う義務があったものである。なお、本件業務協定五条には、前記のように解除並びに違約金及び損害賠償の予定が併せて規定されているものであるが、このような場合には、解除権の行使は、前記約定に定められた違約金及び損害賠償額の予定にかかる金銭債務の行使の要件であり、右違約金及び損害賠償の各請求権は、解除権の発生原因たる債務不履行状態が充たされることにより発生しているものと解するのが当事者の合理的意思に合致していると解されるから、平成三年一二月三一日の本件業務協定の終期以後、本件譲渡担保権の被担保債権となるべき天馬興産の東洋機工に対する債務は生じていないとしても、右違約金支払及び報酬金返還の各債務は、その根拠となる解除原因が右期間内に生じている以上、本件業務協定に基づき天馬興産が負担した債務として本件譲渡担保権の被担保債権となっているものと解するのが相当である。
4 右に判示したところによれば、債権者らの、東洋機工は事実上リゾート開発事業を断念しており、遅くとも平成四年一二月三一日までには、本件業務協定に基づく業務委託を黙示的に解除していたもので、これに伴い譲渡担保契約も失効し、当該出資持分権は確定的に債権者らに復帰している(前記主張(三))とか、平成五年八月一〇日付でなされた天馬興産代表取締役石岡による債権者らの解任を議題とする社員総会招集通知の発送などにより、債権者らと東洋機工との信頼関係が破壊されており、債権者保義はこれを理由として八月一六日、業務委託を解除したから、当該出資持分権は確定的に債権者らに復帰している(同(四))との主張はいずれも理由がない。
三 以上のとおり、東洋機工は、本件業務協定に伴い債権者らから天馬興産の出資持分を譲渡担保として取得し、本件決議当時も天馬興産の出資持分権者であったことは明らかであり、天馬興産との関係でその出資持分の取得を対抗しうることは前記二2のとおりであるから、その社員権の一内容である社員総会議決権も東洋機工に帰属するものというべきであって、天馬興産としてはその行使を拒絶すべき理由はないものといわざるをえず、本件決議は、法の定める手続により招集され、正当な出資持分権者の出席の下に行われたものであるから、債権者主張に係る瑕疵はない。
四 結論
以上によれば、本件仮処分命令の申立ては、仮の地位を定めることにより保全を必要とする債権者の権利関係の主張につきその疎明がないことに帰し、その余の点について判断するまでもなく理由がないというべきである。よって、原決定を取り消した上、本件仮処分命令の申立てを却下し、申立費用は債権者らの負担とし、民事保全法三四条を適用して債権者らが本決定の送達を受けた日から二週間はその効力が生じないものとして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官吉原耕平 裁判官西島幸夫 裁判官前田巌)